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■自然と歴史の信州<長野県> -2007.4.28〜5.1-

「今年のGWはどこいく?」夫かずまるの例の一言が出たのが4月20日。「青森の大間(おおま)にまぐろ食べに行く?」かずまるは以前大間のまぐろを食べたことがあり、なにかと自慢するので機会があったらぜひ行ってみたいと思っていたのです。しかしかずまるから出た言葉は、「信州だな!」その一言で決まりです。

Cゆーりの休日 |
長野県は全国で4番目に面積が大きい県。しかも見どころが多く、とても一度では回りきれないことが判明。
今回のルートは、左図のように信濃→戸隠→長野→松本→下諏訪→軽井沢→湯田中渋温泉郷に設定しました。といっても、見る場所などはほとんど下調べナシ、かずまる得意の「出たとこ勝負」といういつもの我が家のスタイルです。

4月28日は新潟の上越で1泊、29日朝、高速から見える「妙高(みょうこう)山」は素晴らしい!この時期の山は本当に神々しいですね。 |

目指すは戸隠かと思いきや、標識の「野尻湖」が気になったかずまるは、いきなり寄り道です。その野尻湖ですが、特筆すべきものはないかなあ〜。
そこから小林一茶の生まれ故郷であり、晩年を過ごしたという「信濃町」へ。一茶は51歳で信濃に戻ってから結婚し(28歳の妻!)4児をもうけるが皆夭折。妻も亡くなり、3人目の妻のお腹にやどった我が子の誕生も見ることなく一茶は65歳で没する。あまり幸せな一生ではなかったようです。
さて、信濃から戸隠山道へ。長野県には志賀高原、乗鞍高原、上高地、蓼科高原、白馬高原、霧ヶ峰高原、美ヶ原高原、高峰高原など有名な高原がたくさんあります。どの町に行っても四方八方を山に囲まれていて、次の町に行くには山越えしなければなりません。
旧街道を利用して道路を作っているせいか、トンネルの道路は少なく、くねくねした道を根気強く登ったり降りたりの繰り返しなのです。

戸隠大峰自然休養林 |

戸隠神社奥社入口 |

天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸にお隠れになった時、お出ましいただくための智恵を出された神様を祭っているのが「戸隠(とがくし)神社」。もう二度とお隠れにならないように、岩戸を地上に放り投げたのが「戸隠山」になったと言われています。
戸隠神社の奥社までたいした距離じゃないだろうと軽い気持ちで歩き出したのが運のツキ。はじめはゆるやかだった道も急勾配になり、そのうち階段になり、なんと片道3km(往復1時間もかかった)の超ロングな参道なのでした。

樹齢400年の立派な杉並木 |

年齢を言ってもらうおみくじ |

山がすぐ目の前 |
戸隠はなんといってもそばで有名な場所。これを食べないわけがない!私たちが寄ったのは「仁王門」さんです。ここの「そばだんご」は超美味でオススメです。そばもまめたが苦手のぼそぼそタイプではなく、風味があって適度なコシ、そして喉越しがいい、とてもおいしいそばでした。

また食べたい「そばだんご」
左がみそダレ右がクルミみそダレ |

戸隠そば独特の「ぼっち盛り」 |

 戸隠バードライン(左のナビ写真のように途中に七曲という超くねくね道路あり)を降りてくると、いきなり長野市がどーんとあらわれました。
長野では、山を降りるといきなり町が開けているいう風景がたびたびあり驚かされます。私が住んでいる秋田はただっぴろい平野なので、山のすぐふもとはたいがい田舎町なんです。

東山魁夷美術館 |
長野市で立ち寄ったのは「東山魁夷(かいい)美術館」と「善光寺」です。2つとも歩いてすぐの場所にあるので、ラッキーでした。
東山魁夷美術館には、魁夷より贈られた900点の作品がおさめられています。年に6回入れ替えて展示しているそうです。
私は魁夷の緑と青が大好きだったので、今回原画を見ることが出来て本当に幸せ! |

「三門」の保存修理工事も大詰め |

1400年の歴史は重い |
さてこちらは「牛に引かれて善光寺参り」という言葉で有名な、「善光寺」です。一生に一度お参りすれば極楽往生を約束されるというお寺。さすがにたくさんの観光客でごったがえしていました。
きらびやかな150畳の本堂の中(内陣)にあがると、人々がなにやら行列を作っています。パンフレットを見てみると「お戒壇めぐり」の文字が・・・。私たちもさっそく行列に加わって待つこと15分、本堂の床下に続く急勾配の階段にたどり着きました。
なんでも真っ暗闇の回廊を手探りで進み、「極楽の錠前」にふれると極楽行きが約束されるというもの。ちょっとウキウキしながら階段を降りていくと、なんとそこは本当に暗黒の世界。目の前の人が見えないどころか、自分の手が見えないのです。完全な暗闇というのを初めて体験しました。ものすごく怖いです。
右手で壁をさわっていないと、どっちの方向へ行けばいいのかわからず、床がストーンと抜けていたらどうしようとか、このまま違う世界にひっぱられるんじゃないかとか、妙な考えが浮かびます。それほど異質な世界です。これはみなさん必体験ですよ!

歴史好きの私たちにとってはずせないのが、上杉謙信VS武田信玄の「川中島の戦い」関係の史跡です。千曲川と犀川にはさまれた広大な平地が合戦の場所。今は公園として残っています。今年のNHK大河ドラマは「風林火山」なので、観光客もひときわ多いようです。

謙信・信玄一騎打ちの像 |

両軍の動きがわかる |

武田軍の中間頭原大隅(はらおおすみ)が、謙信打倒の最大のチャンスを逃したため、悔しさのあまり傍らの岩を槍で突き通したといわれる「執念の石」。真ん中に穴があいています。 |
古戦場のすぐ近くに在るのが、信玄が謙信と戦うための拠点として、山本勘助に築かせた「松代(まつしろ)城」跡です。
もう、日も落ちてきたのですが、夫かずまるがどうしても妻女山に登りたいというので、やってきました。車で展望台まで上がることが出来ます。
1561年の第4次川中島の戦いの際の上杉軍の本陣が妻女山(さいじょさん)。右手には松代城を見下ろし、目前に合戦の舞台となった平原が見おろせます。謙信公はここで何を思ったか・・・ずっといたい場所でした。
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中央の大きな橋の向こうが川中島の古戦場跡 |
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