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■上越〜上杉謙信に思いをはせて<新潟県> -2006.9.24〜25-

歴代の武将の中で私が好きなのは、織田信長、楠木正成、真田幸村といったところですが、ダントツで好きなのが、上杉謙信です。上杉謙信は、歴史的には特別偉業を成し遂げた人ではないのですが、その生き方や振る舞いには強くひきつけられます。
有名なところでは、宿命のライバル武田信玄の窮地に塩を送って救援したエピソード、これは「敵に塩をおくる」としてよく知られています。
また、北条氏政が二万の兵を率いて佐野昌綱の居城を囲んだとき、謙信は武装もせず、たった二十三騎を率いて敵の目の前を、馬を静かに歩かせて堂々と城に入ったという話は、謙信のすごみというか大きさがよくあらわれています。今回は、謙信公のふるさと新潟県上越市にふらり旅です。
謙信の居城があったのは、天然の要塞春日山。敷地には謙信を祭る「春日山神社」も。往復約1時間の春日山城散策に出かけました。
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山を登っていくと、あちこちに敵から城を守るための工夫がされていました。左は「空堀(からぼり)」といって、下から侵入する敵を断ち切るための堀。上は、「虎口(こぐち)」といって、簡単に登ることが出来ないように、道がZ型に作られているものです。 |
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左上が謙信が戦いの前に戦勝を祈願したといわれる毘沙門堂です。毘沙門天は戦いの神様。謙信は7歳から14歳まで林泉寺で過ごし、文武ともに鍛えられたので、生涯にわたり信仰心が篤かったといわれています。右上が、護摩を焚いて祈願をした「護摩堂」。
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上は頂上本丸からの眺めです。クリックするとパノラマ画像でご覧いただけます。
謙信もいつもこの景色を見ながら国や民のことを考えていたのでしょう。 |
左上が「縦掘」。今は草木が生い茂っていますが、当時はつるつるの岩盤で、とても登れるものではなかったそうです。右上が防御のための「土塁」。自然にちょっと手を加えて、みごとな要塞にしています。
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謙信出陣「御前清水」です。地元の人が水汲みをしていました。 |
謙信は生涯、領土的野心で戦をしたことは一度もないといわれています。妻をめとらず、信心深く、裏切った身内も許す懐の大きい人物でした。現代でこのような人に会ってみたいものです。
今回の宿泊は「じゃらん」で予約した妙高(みょうこう)高原の「アパホテルリゾート」です。通常宿泊料金21,000円のところ、じゃらん会員価格12,000円、さらにたまったじゃらんのポイントで1,200円割引になりました(^_^)v。部屋とベッドがとても広い!11階からの景色もバツグン!妙高山がくっきりで、高原のリゾート気分を満喫してきました。
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